とりいそぎ。
第1部で最も印象に残ったのは「アザー・ダンス」。第2部は「モレルとサン・ルー」。ルグリとギエムが組んだ2作品については、若い頃に組んでいたのを見ていたわけではないが、何か新しい発見があった訳ではなかった。私にとっては。
第1部
「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」
ヘザー・オグデン、ギョーム・コテ
ズデネク・コンヴァリーナのおかげでナショナル・バレエ・オブ・カナダのサイトは一頃よく見ていたので(最近はあまりチェックしてない)、この二人が公私共にカップルらしいのは知っていた。コテはスカラ座バレエにも何度かゲストしていたので気になっていたダンサー。
目の覚めるよなテクニックがあったわけではないし、音楽は録音なので物足りないけれど、応援モードで見ていたせいか好感を持った。オグデンはあっさりめ。コテはもうちょっとな感じだけどなかなかチャーミング。ちょっと首を傾げる癖があって、ダメな人はダメだろうけどそれも悪くないと。如何に見る姿勢によるかというところだろうか。これまで日本で踊られてきた海外ダンサーのきらきら舞台を期待していた向きには、なんでこの二人?なのかもしれないけれど。
「モペイ」
フリーデマン・フォーゲル
これ面白い!おかしみがあるのに、時々はっとするほど美しいフォーゲルの動きも見られる。
「スリンガーランド」
アニエス・ルテステュ、パトリック・ド・バナ
昨夏のバレエフェスでは実は退屈した。二度目で慣れたのか、バナの魅力か、けっこう見入ってしまった。勿論ルテステュは美しく動きはよどみない。ほとんどサポートのバナがなんだかとてもいい。ジョゼ・マルティネズも大好きなダンサーなんだけど、組む相手が違うとこれほど変わるのか。
「アザー・ダンス」
オレリー・デュポン、デヴィッド・ホールバーグ
アザー・ダンスをやっと初めて見た。こういう作品だったのか。すごーく気に入ってしまった。ロビンス相性いいのかしら。他の作品も観てみたくなってきた。
そう思えたのは二人の力でもある。最初はちょっとホールバーグが硬かったようだけど、オレリーのホールバーグに向ける笑顔の魅力的なこと。マカロワとバリシニコフに振付けられたとあって、ロシアへのオマージュとも言える動きもあり?ストーリーは受け取ろうと思えば受け取れる。二人の間に流れる感情、目線、雰囲気、変化。静かにきらきらと美しい。オレリーがとにかく素敵で美しかったし(動きも表情も!)、ホールバーグの麗しいことといったら!
至福のひととき。
「優しい嘘」
シルヴィ・ギエム、マニュエル・ルグリ
キリアンはあまり得意じゃないかもしれない。ぼーっと美しい二つの肉体を眺めていて、何かしら心に触れるものもあるのだけど、上手く像を結ばない。いや、美しかったのだけど。
第2部
「マリー・アントワネット」
アニエス・ルテステュ、パトリック・ド・バナ
ルテステュは女優だ。顔の表情もそうだけど、身体が雄弁に語る。バナの存在は何を表しているのだろう。アントワネット最後の日々とのことだが、具体的な人物ではないのだろう。アントワネットに寄り添い、何かを提示し、導いていくような。このバナがまた素敵でクラクラした。
「ハロ」
ヘレナ・マーティン
見事なショール裁き。けれどもっと身体が語る何かを見たかったと思ってしまった。
「ドニゼッティ・パ・ド・ドゥ」
上野水香、高岸直樹
悪くなかったけれど、もうすこし雰囲気みたいなものが出ていたら更にいいのでは。
「失われた時を求めて」より“モレルとサン・ルー”
ギョーム・コテ、デヴィッド・ホールバーグ
サン・ルーのソロ付き。サン・ルーがコテで意表をつかれる。なんとなく逆だと思い込んでいたので。例えばパリ・オペラ座やマリインスキーのダンサーたちが持つ確固たるダンスのスタイルはコテにないのだろうけれど、それがなくとも舞台上で表現する何かに感じるところがあれば私はOK。多少脇は甘いかもしれないけれど、動きは悪くないし美しくない訳でもないと思う。そして少し甘くやわらかで色気もあるところが魅力。コテのサン・ルーはとても良かった。貴公子というより、悩み惑う一人の青年。あらがいつつモレルに惹かれ、彼に飲み込まれていく。その様々な表情が実に魅力的で舞台の上にちゃんとコテのサン・ルーがいた。
ホールバーグがまた凄く良い。怖いくらいの冷たい強さを持ってサン・ルーに迫っていく。けれど彼の心の中にはサン・ルーへの燃えるような思いがある。モレルが優勢だけど、彼もまた強く惹かれている。
大層見応えあり。初日でこれなのだから、今回の公演を通して更に変化するはず。最後の日が観てみたいものだがかなわない。
この作品にはとても思い入れがあるし、昨年ムッルとコルプで散々見たけれど、踊るダンサーが変われば変わる。ムッルとコルプのはとても大切にしまってあるけれど、コテとホールバーグは違った見方をさせてくれた。どちらも素晴らしい。そう思えて良かった。
「三人姉妹」
シルヴィ・ギエム、マニュエル・ルグリ
ルグリのヴェルシーニンが情熱的!ギエムには上手く共鳴できず。やっぱりこれは全編で観たい作品。
第1部で最も印象に残ったのは「アザー・ダンス」。第2部は「モレルとサン・ルー」。ルグリとギエムが組んだ2作品については、若い頃に組んでいたのを見ていたわけではないが、何か新しい発見があった訳ではなかった。私にとっては。
第1部
「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」
ヘザー・オグデン、ギョーム・コテ
ズデネク・コンヴァリーナのおかげでナショナル・バレエ・オブ・カナダのサイトは一頃よく見ていたので(最近はあまりチェックしてない)、この二人が公私共にカップルらしいのは知っていた。コテはスカラ座バレエにも何度かゲストしていたので気になっていたダンサー。
目の覚めるよなテクニックがあったわけではないし、音楽は録音なので物足りないけれど、応援モードで見ていたせいか好感を持った。オグデンはあっさりめ。コテはもうちょっとな感じだけどなかなかチャーミング。ちょっと首を傾げる癖があって、ダメな人はダメだろうけどそれも悪くないと。如何に見る姿勢によるかというところだろうか。これまで日本で踊られてきた海外ダンサーのきらきら舞台を期待していた向きには、なんでこの二人?なのかもしれないけれど。
「モペイ」
フリーデマン・フォーゲル
これ面白い!おかしみがあるのに、時々はっとするほど美しいフォーゲルの動きも見られる。
「スリンガーランド」
アニエス・ルテステュ、パトリック・ド・バナ
昨夏のバレエフェスでは実は退屈した。二度目で慣れたのか、バナの魅力か、けっこう見入ってしまった。勿論ルテステュは美しく動きはよどみない。ほとんどサポートのバナがなんだかとてもいい。ジョゼ・マルティネズも大好きなダンサーなんだけど、組む相手が違うとこれほど変わるのか。
「アザー・ダンス」
オレリー・デュポン、デヴィッド・ホールバーグ
アザー・ダンスをやっと初めて見た。こういう作品だったのか。すごーく気に入ってしまった。ロビンス相性いいのかしら。他の作品も観てみたくなってきた。
そう思えたのは二人の力でもある。最初はちょっとホールバーグが硬かったようだけど、オレリーのホールバーグに向ける笑顔の魅力的なこと。マカロワとバリシニコフに振付けられたとあって、ロシアへのオマージュとも言える動きもあり?ストーリーは受け取ろうと思えば受け取れる。二人の間に流れる感情、目線、雰囲気、変化。静かにきらきらと美しい。オレリーがとにかく素敵で美しかったし(動きも表情も!)、ホールバーグの麗しいことといったら!
至福のひととき。
「優しい嘘」
シルヴィ・ギエム、マニュエル・ルグリ
キリアンはあまり得意じゃないかもしれない。ぼーっと美しい二つの肉体を眺めていて、何かしら心に触れるものもあるのだけど、上手く像を結ばない。いや、美しかったのだけど。
第2部
「マリー・アントワネット」
アニエス・ルテステュ、パトリック・ド・バナ
ルテステュは女優だ。顔の表情もそうだけど、身体が雄弁に語る。バナの存在は何を表しているのだろう。アントワネット最後の日々とのことだが、具体的な人物ではないのだろう。アントワネットに寄り添い、何かを提示し、導いていくような。このバナがまた素敵でクラクラした。
「ハロ」
ヘレナ・マーティン
見事なショール裁き。けれどもっと身体が語る何かを見たかったと思ってしまった。
「ドニゼッティ・パ・ド・ドゥ」
上野水香、高岸直樹
悪くなかったけれど、もうすこし雰囲気みたいなものが出ていたら更にいいのでは。
「失われた時を求めて」より“モレルとサン・ルー”
ギョーム・コテ、デヴィッド・ホールバーグ
サン・ルーのソロ付き。サン・ルーがコテで意表をつかれる。なんとなく逆だと思い込んでいたので。例えばパリ・オペラ座やマリインスキーのダンサーたちが持つ確固たるダンスのスタイルはコテにないのだろうけれど、それがなくとも舞台上で表現する何かに感じるところがあれば私はOK。多少脇は甘いかもしれないけれど、動きは悪くないし美しくない訳でもないと思う。そして少し甘くやわらかで色気もあるところが魅力。コテのサン・ルーはとても良かった。貴公子というより、悩み惑う一人の青年。あらがいつつモレルに惹かれ、彼に飲み込まれていく。その様々な表情が実に魅力的で舞台の上にちゃんとコテのサン・ルーがいた。
ホールバーグがまた凄く良い。怖いくらいの冷たい強さを持ってサン・ルーに迫っていく。けれど彼の心の中にはサン・ルーへの燃えるような思いがある。モレルが優勢だけど、彼もまた強く惹かれている。
大層見応えあり。初日でこれなのだから、今回の公演を通して更に変化するはず。最後の日が観てみたいものだがかなわない。
この作品にはとても思い入れがあるし、昨年ムッルとコルプで散々見たけれど、踊るダンサーが変われば変わる。ムッルとコルプのはとても大切にしまってあるけれど、コテとホールバーグは違った見方をさせてくれた。どちらも素晴らしい。そう思えて良かった。
「三人姉妹」
シルヴィ・ギエム、マニュエル・ルグリ
ルグリのヴェルシーニンが情熱的!ギエムには上手く共鳴できず。やっぱりこれは全編で観たい作品。
とりいそぎ、ごく短くメモ。
「クリアチュア」
オレリーの動きに魅せられる。ゆっくりたっぷりとディベロッペしていくかのような動きが続く。すこし粘りがあるというのか。濃い霧をかきわけるようにして動いているよう。軌跡のまわりで押し退けられた霧がたゆたっているよう。
動きの止まる地点もそれまでのルートも、これしかあり得ないという突き詰められた美しさ。
フォーゲルも良かったと思うけれど、ただただオレリーを見つめていた。彼女のコンテはかなり好き。
東バの群舞とメインカップルがまるで別物で、一緒に踊って作品を形成している意味が見出せなかった。
「ザ・ピクチャー・オブ・・・」
昨夏バレエフェス以来二度目。なんだか見せられてしまう、納得してしまう。何を感じてもいいのだろうと思いつつ。ただそこにいるだけで、動きが内面や何かを伴いつつ美しく。
「ホワイト・シャドウ」
こちらではさすがに東バの群舞も融合している。
ルグリとバナのデュエットが白眉。短いけれどルグリと西村さんだけで舞台にあって踊ったところが凄く良かった。
バナがまた魅力的。セクシーで包容力がある。上野さんも悪くない。ただこの2つのカップルの違いはよくわからなかったけれど。かなり出ずっぱりで舞台を彷徨う吉岡さんの、何か探しているような、苦しんでいるような、すべてを観ているかのような存在感もよかった。
男性群舞もなかなか迫力。といいつつやはり小笠原さんウォッチャーだったけれど。さすがにこの粒揃いの面子だと彼が目立つことがない。
グリーン、ブルー系のドレスの女性3人はどういう位置づけなのか。
全員が正面を向いて踊ることが多い。もう少しそのあたりは変化があってもいいように思った。
この作品、再演すればもっと変化しそうな感じがする。
バナの作品は嫌いではない。好きかと言われるとわからないけれどもっと観てみたい。Bプロを観てさらにバナ自身が踊るのをもっと観たいと思った。
「クリアチュア」
オレリーの動きに魅せられる。ゆっくりたっぷりとディベロッペしていくかのような動きが続く。すこし粘りがあるというのか。濃い霧をかきわけるようにして動いているよう。軌跡のまわりで押し退けられた霧がたゆたっているよう。
動きの止まる地点もそれまでのルートも、これしかあり得ないという突き詰められた美しさ。
フォーゲルも良かったと思うけれど、ただただオレリーを見つめていた。彼女のコンテはかなり好き。
東バの群舞とメインカップルがまるで別物で、一緒に踊って作品を形成している意味が見出せなかった。
「ザ・ピクチャー・オブ・・・」
昨夏バレエフェス以来二度目。なんだか見せられてしまう、納得してしまう。何を感じてもいいのだろうと思いつつ。ただそこにいるだけで、動きが内面や何かを伴いつつ美しく。
「ホワイト・シャドウ」
こちらではさすがに東バの群舞も融合している。
ルグリとバナのデュエットが白眉。短いけれどルグリと西村さんだけで舞台にあって踊ったところが凄く良かった。
バナがまた魅力的。セクシーで包容力がある。上野さんも悪くない。ただこの2つのカップルの違いはよくわからなかったけれど。かなり出ずっぱりで舞台を彷徨う吉岡さんの、何か探しているような、苦しんでいるような、すべてを観ているかのような存在感もよかった。
男性群舞もなかなか迫力。といいつつやはり小笠原さんウォッチャーだったけれど。さすがにこの粒揃いの面子だと彼が目立つことがない。
グリーン、ブルー系のドレスの女性3人はどういう位置づけなのか。
全員が正面を向いて踊ることが多い。もう少しそのあたりは変化があってもいいように思った。
この作品、再演すればもっと変化しそうな感じがする。
バナの作品は嫌いではない。好きかと言われるとわからないけれどもっと観てみたい。Bプロを観てさらにバナ自身が踊るのをもっと観たいと思った。
2週間ぶりにリハビリ通院。本当はもうすこし早めに行くつもりをしていたがいろいろとままにならず。本当に計画通りにはいかない。
レッスンには今週からようやく復帰。足はほぼ完治。
家での運動はサボっていない。サボっていないけど積みあがったのかな?仕事が忙しいと姿勢のことなんか構っている余裕はないし、内省的だった今週は背中も肩もまるくなりがち。服を脱ぐとき、背中を洗う時、右肩の位置がいまひとつなことに何度か気付いた。いけないいけないと肩をまわし胸をはり、お腹に力をこめてみるのだけれど。
まず腕を上げてみてといわれ上げてみせる。けっこうちゃんと上がる。このあたりはもう不自由を感じない。運動はしてたとか、レッスンは今週からとか。状況報告。
で、久しぶりのため今日も横になっての運動。赤の君は使わず。但しM氏いじわるしますといって、肩甲骨側を固定する。つまり肩が前に入らない、のぞましい肩甲骨の位置を維持して運動せよとのこと。外旋と外転。頭の位置まで直される。ふむふむ。家でひとり横になってやるときも頭の向き、目線は微妙な気がしていたけれどこれも正しい位置があって大事ということか。
それぞれけっこうな回数をやった気がする。
M氏の結論は、家ではやはり正しい姿勢でできていなかったのでは、というもの。でも持久力はついてきているらしい。
家で横になって外転をやるときは、背中側を壁につけて肩甲骨の正しい位置を意識しながら、というのが新しい課題。腕はのばさず、指先かこぶしを顎につけて曲げた肘を上げるやり方で。
外旋については変わらず。
前々から自信のなかった、肘を曲げて脇を締めてやる外旋の腕の位置、はさむタオルの厚さについて質問する。肩、胸開いた正しい姿勢で自然に下ろした腕を90度に曲げ、タオルの厚さは4センチぐらい。ぎゅっとはさみこむ前で私の人差し指弱の長さだった。コアな質問とM氏すこし嬉しそう。
今週は精神的にヘトヘトになっていたので、おだやかな中にいたずらっぽさがちょっと混じっているようなここの空気にとてもホッとした。具体的な事がらではなくとも、話を聞いてくれる誰かが必要だったのだ。日常の右肩への意識、レッスンの手ごたえ、ささやかでも続ける腹筋効果とか。やっている腹筋を説明するとオススメ腹筋を教えてくれた。きつそうだけど。
次の通院までまたすこし空くけれど頑張ろう。少なくとも2週間もあけないで様子を診てもらった方がよさそうだ。
レッスンには今週からようやく復帰。足はほぼ完治。
家での運動はサボっていない。サボっていないけど積みあがったのかな?仕事が忙しいと姿勢のことなんか構っている余裕はないし、内省的だった今週は背中も肩もまるくなりがち。服を脱ぐとき、背中を洗う時、右肩の位置がいまひとつなことに何度か気付いた。いけないいけないと肩をまわし胸をはり、お腹に力をこめてみるのだけれど。
まず腕を上げてみてといわれ上げてみせる。けっこうちゃんと上がる。このあたりはもう不自由を感じない。運動はしてたとか、レッスンは今週からとか。状況報告。
で、久しぶりのため今日も横になっての運動。赤の君は使わず。但しM氏いじわるしますといって、肩甲骨側を固定する。つまり肩が前に入らない、のぞましい肩甲骨の位置を維持して運動せよとのこと。外旋と外転。頭の位置まで直される。ふむふむ。家でひとり横になってやるときも頭の向き、目線は微妙な気がしていたけれどこれも正しい位置があって大事ということか。
それぞれけっこうな回数をやった気がする。
M氏の結論は、家ではやはり正しい姿勢でできていなかったのでは、というもの。でも持久力はついてきているらしい。
家で横になって外転をやるときは、背中側を壁につけて肩甲骨の正しい位置を意識しながら、というのが新しい課題。腕はのばさず、指先かこぶしを顎につけて曲げた肘を上げるやり方で。
外旋については変わらず。
前々から自信のなかった、肘を曲げて脇を締めてやる外旋の腕の位置、はさむタオルの厚さについて質問する。肩、胸開いた正しい姿勢で自然に下ろした腕を90度に曲げ、タオルの厚さは4センチぐらい。ぎゅっとはさみこむ前で私の人差し指弱の長さだった。コアな質問とM氏すこし嬉しそう。
今週は精神的にヘトヘトになっていたので、おだやかな中にいたずらっぽさがちょっと混じっているようなここの空気にとてもホッとした。具体的な事がらではなくとも、話を聞いてくれる誰かが必要だったのだ。日常の右肩への意識、レッスンの手ごたえ、ささやかでも続ける腹筋効果とか。やっている腹筋を説明するとオススメ腹筋を教えてくれた。きつそうだけど。
次の通院までまたすこし空くけれど頑張ろう。少なくとも2週間もあけないで様子を診てもらった方がよさそうだ。
彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
充実した中身の濃い良い公演でした。大満足。
コンテンポラリー作品が3つなのに、と言ったら失礼かもしれないが、どれも興味深く楽しめた。ダンサーたちも素晴らしく、それぞれが真摯に誠実に楽しげに踊っているのも気持ちが良かった。
「辿り着かない場所」
振付:イリ・ブベニチェク
音楽:オットー・ブベニチェク
美術:イリ・ブベニチェク
衣装:エルザ・パヴァネル
テキスト:エッド・シューテン
出演:オットー・ブベニチェク、エレナ・ヴォストロティナ
ギィ・アルブイ、ドゥオシー・ジュウ、カテリーナ・マルコフスカヤ、
ヨン・ヴァイェホ、浅見紘子、イシュトヴァン・シモン、スヴェトラーナ・ギレヴァ、
ラケル・マルティネス、大石裕香、オレグ・クリィミュク、クラウディオ・カンジアロッシ、
ドミニク・ストロブル
43分とすこし長いかな、とも感じたが緊張感は途切れず。
「男と女、男と男、二人の人間に生じるさまざまな心の壁を描き出そうとした作品」(パンフレットより)
とのこと。確かにそんなことを想起させるシーンがたくさん。でもひとつの結果を押し付けられる訳ではなく、それぞれの受け取り方次第。
衣装も装置もシンプルでしっくりくる、とてもいい感じ。動きは魅力的。ダンサーがしっかり動けないと話にならない。それぞれの持ち味がくっきり浮かび上がるのが面白い。
オットーは圧倒的。ヴォストロティナはダンサー紹介の「ドレスデンのシルヴィ・ギエム」の一説が私にはマイナスに作用してしまったようで、うーん。こういう「○○の××」という言い方はそもそも好きではないし、逆効果になることが多いと思う。ほっそりとしたスタイルでとても良く動くけれど、何かが足りない気がする。すこし伝える強さが足りないというか。もしくはそれが彼女の持ち味なら合わないだけのこと。
大石さんはやっぱり存在感がある。浅見さんはあれほどの身長なのに動きがやわらかくふわっとしていて不思議な感じ。何組かのカップルのひとつを踊ったマルコフスカヤの表現が印象に残る。動きは小気味良く確実だしエモーショナル。
「ステップテクスト」ドレスデン国立歌劇場バレエ団“特別ヴァージョン”
振付:ウィリアム・フォーサイス
音楽:J.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ」第2番ニ短調BWV1004より「シャコンヌ」
(演奏:ナタン・ミルシテイン)
美術・照明・衣装:ウィリアム・フォーサイス
出演:エレナ・ヴォストロティナ、イリ・ブベニチェク、
オレグ・クリィミュク、クラウディオ・カンジアロッシ
イリが滅茶苦茶かっこよくてセクシー。開演の合図はなく、無音の中ひとりイリが踊りだすのだがもう見蕩れた。
実は「ステップテクスト」は初めて。とても面白かった。なるほどあちこちで上演され続けているのも肯ける。
ヴォストロティナの踊りはしなやか。もうすこし鋭さがあってもいいような、というのは変か。クリィミュクはどこか男くさく、カンジアロッシには若さとほんのすこし甘さがある。
「ル・スフル・ドゥ・レスプリ −魂のため息−」
振付:イリ・ブベニチェク
音楽:ヨハン・パッヘルベル「カノン ニ長調」、J.S.バッハ「G線上のアリア」、
ロマン・ホフステッター「弦楽四重奏曲 ヘ長調5番」
オットー・ブベニチェク「天子の到着」、「サイレンス」、「天子の出発」
舞台装置&映像制作/衣装:オットー・ブベニチェク
照明デザイン:マルタン・ゲバー
出演:イリ・ブベニチェク、オットー・ブベニチェク、ヨン・ヴァイエホ、
ギィ・アルブイ、カテリーナ・マルコフスカヤ、エレナ・ヴォストロティナ、
スヴェトラーナ・ギレヴァ、ドゥオシー・ジュウ、ラケル・マルティネス、
浅見紘子、オレグ・クリィミュク、クラウディオ・カンジアロッシ、
イシュトヴァン・シモン
「G線上のアリア」で後ろに、おそらくダヴィンチの画集に載っていたイリが祖母を感じたという女性像が映ると思わず涙腺が緩みそうになる。
心の奥のやわらかいところにそっと触れられるような世界。暗くなり、明るくなり、いろいろなことを連想したり思い出したりする。
2008年のエトワール・ガラで上演された「カノン」の部分をブベニチェク兄弟と踊ったヴァイエホの踊りがとても良かった。なんだか真ん中の彼ばかり見ていた気がする。勿論兄弟もすごく魅力的。
この作品、また是非観たい。
この公演の企画、すごくいいと思う。超メジャーで安全なものではないかもしれないが、こういう質の高いものをもっと上演して欲しい。いれものも大きすぎないし、さいたま芸術劇場にはこういう企画が向いているのかもしれない。どうしても観てみたいものなら与野本町まで遠くとも足を運ぶのだから。超メジャーバレエ団を呼ぶところあり、知られていなくても興味深く良いものを呼ぶところあり、いろいろあって欲しい。
充実した中身の濃い良い公演でした。大満足。
コンテンポラリー作品が3つなのに、と言ったら失礼かもしれないが、どれも興味深く楽しめた。ダンサーたちも素晴らしく、それぞれが真摯に誠実に楽しげに踊っているのも気持ちが良かった。
「辿り着かない場所」
振付:イリ・ブベニチェク
音楽:オットー・ブベニチェク
美術:イリ・ブベニチェク
衣装:エルザ・パヴァネル
テキスト:エッド・シューテン
出演:オットー・ブベニチェク、エレナ・ヴォストロティナ
ギィ・アルブイ、ドゥオシー・ジュウ、カテリーナ・マルコフスカヤ、
ヨン・ヴァイェホ、浅見紘子、イシュトヴァン・シモン、スヴェトラーナ・ギレヴァ、
ラケル・マルティネス、大石裕香、オレグ・クリィミュク、クラウディオ・カンジアロッシ、
ドミニク・ストロブル
43分とすこし長いかな、とも感じたが緊張感は途切れず。
「男と女、男と男、二人の人間に生じるさまざまな心の壁を描き出そうとした作品」(パンフレットより)
とのこと。確かにそんなことを想起させるシーンがたくさん。でもひとつの結果を押し付けられる訳ではなく、それぞれの受け取り方次第。
衣装も装置もシンプルでしっくりくる、とてもいい感じ。動きは魅力的。ダンサーがしっかり動けないと話にならない。それぞれの持ち味がくっきり浮かび上がるのが面白い。
オットーは圧倒的。ヴォストロティナはダンサー紹介の「ドレスデンのシルヴィ・ギエム」の一説が私にはマイナスに作用してしまったようで、うーん。こういう「○○の××」という言い方はそもそも好きではないし、逆効果になることが多いと思う。ほっそりとしたスタイルでとても良く動くけれど、何かが足りない気がする。すこし伝える強さが足りないというか。もしくはそれが彼女の持ち味なら合わないだけのこと。
大石さんはやっぱり存在感がある。浅見さんはあれほどの身長なのに動きがやわらかくふわっとしていて不思議な感じ。何組かのカップルのひとつを踊ったマルコフスカヤの表現が印象に残る。動きは小気味良く確実だしエモーショナル。
「ステップテクスト」ドレスデン国立歌劇場バレエ団“特別ヴァージョン”
振付:ウィリアム・フォーサイス
音楽:J.S.バッハ「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ」第2番ニ短調BWV1004より「シャコンヌ」
(演奏:ナタン・ミルシテイン)
美術・照明・衣装:ウィリアム・フォーサイス
出演:エレナ・ヴォストロティナ、イリ・ブベニチェク、
オレグ・クリィミュク、クラウディオ・カンジアロッシ
イリが滅茶苦茶かっこよくてセクシー。開演の合図はなく、無音の中ひとりイリが踊りだすのだがもう見蕩れた。
実は「ステップテクスト」は初めて。とても面白かった。なるほどあちこちで上演され続けているのも肯ける。
ヴォストロティナの踊りはしなやか。もうすこし鋭さがあってもいいような、というのは変か。クリィミュクはどこか男くさく、カンジアロッシには若さとほんのすこし甘さがある。
「ル・スフル・ドゥ・レスプリ −魂のため息−」
振付:イリ・ブベニチェク
音楽:ヨハン・パッヘルベル「カノン ニ長調」、J.S.バッハ「G線上のアリア」、
ロマン・ホフステッター「弦楽四重奏曲 ヘ長調5番」
オットー・ブベニチェク「天子の到着」、「サイレンス」、「天子の出発」
舞台装置&映像制作/衣装:オットー・ブベニチェク
照明デザイン:マルタン・ゲバー
出演:イリ・ブベニチェク、オットー・ブベニチェク、ヨン・ヴァイエホ、
ギィ・アルブイ、カテリーナ・マルコフスカヤ、エレナ・ヴォストロティナ、
スヴェトラーナ・ギレヴァ、ドゥオシー・ジュウ、ラケル・マルティネス、
浅見紘子、オレグ・クリィミュク、クラウディオ・カンジアロッシ、
イシュトヴァン・シモン
「G線上のアリア」で後ろに、おそらくダヴィンチの画集に載っていたイリが祖母を感じたという女性像が映ると思わず涙腺が緩みそうになる。
心の奥のやわらかいところにそっと触れられるような世界。暗くなり、明るくなり、いろいろなことを連想したり思い出したりする。
2008年のエトワール・ガラで上演された「カノン」の部分をブベニチェク兄弟と踊ったヴァイエホの踊りがとても良かった。なんだか真ん中の彼ばかり見ていた気がする。勿論兄弟もすごく魅力的。
この作品、また是非観たい。
この公演の企画、すごくいいと思う。超メジャーで安全なものではないかもしれないが、こういう質の高いものをもっと上演して欲しい。いれものも大きすぎないし、さいたま芸術劇場にはこういう企画が向いているのかもしれない。どうしても観てみたいものなら与野本町まで遠くとも足を運ぶのだから。超メジャーバレエ団を呼ぶところあり、知られていなくても興味深く良いものを呼ぶところあり、いろいろあって欲しい。
実は月曜日、東京文化会館に行く途中で軽く足首をひねった。階段の最後の2段ぐらいを跳んで着地し損ねたのだ。なんともダサい。転倒した訳ではないし歩けたのでそのまま「ラ・シルフィード」を鑑賞。第1幕の間すっかり忘れていたが休憩になって歩き出したらちゃんと痛い。これはやばいレッスンに行けなくなるどうしようと思案し、病院はもうやっていないのでいつもの鍼灸マッサージ師に頼ることにした。終演後治療院に行きテーピングをしてもらう。どんくさい、バレエのレッスンより先にやることがあるんじゃないの、走りなさい、腹筋もっとつけなさいと言われながら・・・
使わないのが一番だけどこれぐらいで仕事を休む訳にもいかない。いつもは早足で歩いているけれどそろりそろりと、どうぞお先に行って下さいオーラを出しながら、エスカレーターやエレベーターにお世話になる日々。もう痛みはほとんどなく普通に歩けるところまでは回復したので来週からはレッスンも復帰するつもり。そしてふと気づく、やっぱり傷めた足をかばって歩いて注意がそちらに集中しているので姿勢がお留守。きっと肩が前に入っている。家での運動課題はしっかりとこなしていたけれど、肩の関節あたりがポキポキよく鳴っていた。
どうせ隠し事はできないので先にM氏に白状してしまうと、大丈夫ですか、(医師に)診てもらいますか、と言われる。多分このままで大丈夫なので診察は断ったが、足から肩から全身しげしげと観察される。リハビリ室ではどこまでも私は“見られる(診られる)”存在。観察されていると感じないときでもきっちり見られているのだから。
まずは赤の君で内旋から。20回以上になるときつくなり力が一定に入らなくなる。
ひとやすみして次は外旋。M氏どこか嬉しそうに今日はいろいろやってもらいますとのたまう。今までは肘をほぼ直角に曲げて脇を締めた状態で、親指を上にして軽くこぶしを握った向きで動かしたが、肘は変わらず今度は手のひらを内側に向けてこぶしは握らない。小さく前へならえのような感じ。その手首に赤の君を巻きつけて固定し外旋する。きついですよ、と言われつつそれほどきつくもないような、と思いながらこなす。
外転も同様に手の向きを変える。今までは軽くこぶしを握って親指は後ろにむいた状態であったが、それをまた逆転。これもきつい。両方の向きでM氏の手があるところまで動かして往復する。
家での課題もこれに連動。
棘上筋が使えていない、肩甲骨がよい場所で固定できない点の改善を目指すらしい。
外旋は今日やった手の向きの方がよい姿勢が維持できるし、肩甲骨側を使えるらしい。実際脇を締めた肘が固定しやすいのでやりやすい。そして肘を曲げた角度を90度に保つ、これ重要。家ではゴムなし、軽くこぶしを握って30回。これが最優先とのこと。
次に優先順位が高いのが横になって外転。親指が身体の前側に向いているこぶしで、15回×2回。初期に肘を曲げてやったのと違い腕を伸ばしたままなのでその重さが堪える。
更にこれまでやっていた向きでの外旋を30回、同じくこれまでの向きでの外転も30回。4種類!
ダンベルのアウター強化はどうするのかと問うと、続けていいとのこと。但し優先順位を守ること。つまり外旋と外転の方が優先。で、1日おきに。都合5種類。
レッスンに復帰して様子を見ながらきたが、やる気を出しちゃっているあたりを考慮されていて、そのぐらいやらないと追いつかない、とのことらしい。前回、普段と違うレッスンに出ると発見があるとか、いつもの先生はバレエの正しい感覚をどうやって身につけてもらうかに重点をおいた指導なので(それがとても気に入っている)、たまに他のクラスを受けてもっと実際に動く時間も必要だと感じているとか、ちょっと語ってしまったから〜。身体のどこの筋肉もバレエをするには足りないのだろうが、一番弱かったのが肩まわりと腕だったのかもしれない。
でもってこれ、やり出したらやめるわけに行かないだろう。やめたら衰えるんだから。つまりおうちでエクソサイズはずっと続く。終わらない。そうであるべきだったのだけど。ついでに腹筋とストレッチもセットだ。
ふっふっふ。次に行くまでにちゃんと積み上げてやるぞー。
使わないのが一番だけどこれぐらいで仕事を休む訳にもいかない。いつもは早足で歩いているけれどそろりそろりと、どうぞお先に行って下さいオーラを出しながら、エスカレーターやエレベーターにお世話になる日々。もう痛みはほとんどなく普通に歩けるところまでは回復したので来週からはレッスンも復帰するつもり。そしてふと気づく、やっぱり傷めた足をかばって歩いて注意がそちらに集中しているので姿勢がお留守。きっと肩が前に入っている。家での運動課題はしっかりとこなしていたけれど、肩の関節あたりがポキポキよく鳴っていた。
どうせ隠し事はできないので先にM氏に白状してしまうと、大丈夫ですか、(医師に)診てもらいますか、と言われる。多分このままで大丈夫なので診察は断ったが、足から肩から全身しげしげと観察される。リハビリ室ではどこまでも私は“見られる(診られる)”存在。観察されていると感じないときでもきっちり見られているのだから。
まずは赤の君で内旋から。20回以上になるときつくなり力が一定に入らなくなる。
ひとやすみして次は外旋。M氏どこか嬉しそうに今日はいろいろやってもらいますとのたまう。今までは肘をほぼ直角に曲げて脇を締めた状態で、親指を上にして軽くこぶしを握った向きで動かしたが、肘は変わらず今度は手のひらを内側に向けてこぶしは握らない。小さく前へならえのような感じ。その手首に赤の君を巻きつけて固定し外旋する。きついですよ、と言われつつそれほどきつくもないような、と思いながらこなす。
外転も同様に手の向きを変える。今までは軽くこぶしを握って親指は後ろにむいた状態であったが、それをまた逆転。これもきつい。両方の向きでM氏の手があるところまで動かして往復する。
家での課題もこれに連動。
棘上筋が使えていない、肩甲骨がよい場所で固定できない点の改善を目指すらしい。
外旋は今日やった手の向きの方がよい姿勢が維持できるし、肩甲骨側を使えるらしい。実際脇を締めた肘が固定しやすいのでやりやすい。そして肘を曲げた角度を90度に保つ、これ重要。家ではゴムなし、軽くこぶしを握って30回。これが最優先とのこと。
次に優先順位が高いのが横になって外転。親指が身体の前側に向いているこぶしで、15回×2回。初期に肘を曲げてやったのと違い腕を伸ばしたままなのでその重さが堪える。
更にこれまでやっていた向きでの外旋を30回、同じくこれまでの向きでの外転も30回。4種類!
ダンベルのアウター強化はどうするのかと問うと、続けていいとのこと。但し優先順位を守ること。つまり外旋と外転の方が優先。で、1日おきに。都合5種類。
レッスンに復帰して様子を見ながらきたが、やる気を出しちゃっているあたりを考慮されていて、そのぐらいやらないと追いつかない、とのことらしい。前回、普段と違うレッスンに出ると発見があるとか、いつもの先生はバレエの正しい感覚をどうやって身につけてもらうかに重点をおいた指導なので(それがとても気に入っている)、たまに他のクラスを受けてもっと実際に動く時間も必要だと感じているとか、ちょっと語ってしまったから〜。身体のどこの筋肉もバレエをするには足りないのだろうが、一番弱かったのが肩まわりと腕だったのかもしれない。
でもってこれ、やり出したらやめるわけに行かないだろう。やめたら衰えるんだから。つまりおうちでエクソサイズはずっと続く。終わらない。そうであるべきだったのだけど。ついでに腹筋とストレッチもセットだ。
ふっふっふ。次に行くまでにちゃんと積み上げてやるぞー。
ラ・シルフィード:高木綾
ジェイムズ:柄本弾
エフィー(花嫁):田中結子
ガーン(ジェイムズの友人):松下裕次
マッジ(魔法使い):後藤晴雄
アンナ(ジェイムズの母):加茂律子
【第1幕】
パ・ド・ドゥ:岸本夏未−宮本祐宜
【第2幕】
シルフィード(ソリスト):西村真由美−吉川留衣−渡辺理恵
指揮:井田勝大
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
とっても良い公演でした。チケットは取ったものの、忙しかったりいろいろと行くのを迷っていましたが、観に行って良かったです。
高木さんはいたずらっぽいところやコケティッシュさは控えめなものの、顔を覆って泣きながらもジェイムズの様子をうかがうところなど様になって、ちゃんと気まぐれで自分中心なシルフィード。細かい脚裁きや高くない跳躍など、なかなか軽やかに見せてくれました。どこかおっとりと優しい人の良さそうなところが残っているのが高木さんらしい。彼女はシルフィードに合っていると思うので、再演を経て斎藤友佳理さんでも吉岡美佳さんでもない東京バレエ団の新しいシルフィードになっていって欲しいと思います。
柄本弾さんも良かった。大健闘!若いダンサーの踊るジェイムズってこうなのか、自然体だと納得。なかなかロマンチックでエフィーのことも大切だし、シルフィードにも惹かれちゃうしで困っちゃう。エフィーのことを裏切っている自覚はないのですね。でもシルフィードに見つめられ誘惑されるともううきうきと嬉しく、嬉しくて困った、エフィーのことも気になるしで困った困った。その表情がとっても自然で納得できました。
踊りはまだ荒削りで、細かい脚裁きや跳躍の空間姿勢にはっとするような美しさはありませんが、若さと勢いで踊りきったという感じ。まだまだお若いので伸び代がたくさん残っているでしょう。こちらも再演を経て東京バレエ団の新たなジェイムズとなっていって欲しいです。
エフィーの田中さん、踊りもしっかりとしていたけれど、今回は特に演技面が良かったです。彼女はシルヴィアにキャスティングされてぴったりと思えるような、媚びない強さを持っている反面、かわいらしさや女性らしさは前面に出ないところがある。ところがとてもけなげでかわいい、ジェイムズを一途に想うエフィーでした。何より素晴らしかったのがジェイムズと結婚する幸福感の表現。二人で踊るところのジェイムズへのまなざしや、胸が一杯、幸せ一杯といったひとりの平凡な若い娘の歓喜の表情が良く出ていて、だからこそジェイムズがシルフィードに惹かれて行ってしまうことのコントラストがはっきりする。エフィーの存在の重要さがよくわかりました。
田中さんの「オネーギン」タチヤーナへのキャスティングには驚きましたが、案外健闘するのではないかと楽しみになってきました。
後藤さんのマッジは陽性のオーラを放つあやしい老女?杖をついて歩くさまも、娘たちの手相をみるところも、ジェイムズを騙すのも、雰囲気たっぷりでしたが、こんな役でもこの人はどこか明るい。不思議な方です。
第1幕のパ・ド・ドゥは悪くなかったですが、2人とも若干緊張が伝わってくるところがあり、もっと場数を踏めるといいのだろうなと思いました。
シルフィードのソリストではやはり西村さんに目が行きます。吉川さんも渡辺さんも悪くないけれど西村さんが好きなのです。そして群舞にいると目を引く渡辺さんが何故かこの3人だと沈んでしまうのが不思議でした。
第1幕の男性群舞では赤組の高橋竜太さんや小笠原亮さんをいつものようにウォッチ。オガちゃんの踊りがもっと観たい〜、ホワイト・シャドウが楽しみです。
「ラ・シルフィード」の曲はよく覚えているほどではないからあらが探せないのか、それとも演奏がちゃんとしていたのか、音楽もよかったです。
ゲストの入る公演もいいけれど、東バオンリーの公演もいいなあ、もっとあってもいいのではないかしらと思った次第。感想は書かず仕舞いですが、2009年12月の「くるみ割り人形」のマイ・キャストではそう思いませんでした。どうもくるみは好きじゃないし、東バの版もイマイチと感じたからでもありますが、主演2人への満足度がこの「ラ・シルフィード」の方が高かったようです。
ジェイムズ:柄本弾
エフィー(花嫁):田中結子
ガーン(ジェイムズの友人):松下裕次
マッジ(魔法使い):後藤晴雄
アンナ(ジェイムズの母):加茂律子
【第1幕】
パ・ド・ドゥ:岸本夏未−宮本祐宜
【第2幕】
シルフィード(ソリスト):西村真由美−吉川留衣−渡辺理恵
指揮:井田勝大
演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
とっても良い公演でした。チケットは取ったものの、忙しかったりいろいろと行くのを迷っていましたが、観に行って良かったです。
高木さんはいたずらっぽいところやコケティッシュさは控えめなものの、顔を覆って泣きながらもジェイムズの様子をうかがうところなど様になって、ちゃんと気まぐれで自分中心なシルフィード。細かい脚裁きや高くない跳躍など、なかなか軽やかに見せてくれました。どこかおっとりと優しい人の良さそうなところが残っているのが高木さんらしい。彼女はシルフィードに合っていると思うので、再演を経て斎藤友佳理さんでも吉岡美佳さんでもない東京バレエ団の新しいシルフィードになっていって欲しいと思います。
柄本弾さんも良かった。大健闘!若いダンサーの踊るジェイムズってこうなのか、自然体だと納得。なかなかロマンチックでエフィーのことも大切だし、シルフィードにも惹かれちゃうしで困っちゃう。エフィーのことを裏切っている自覚はないのですね。でもシルフィードに見つめられ誘惑されるともううきうきと嬉しく、嬉しくて困った、エフィーのことも気になるしで困った困った。その表情がとっても自然で納得できました。
踊りはまだ荒削りで、細かい脚裁きや跳躍の空間姿勢にはっとするような美しさはありませんが、若さと勢いで踊りきったという感じ。まだまだお若いので伸び代がたくさん残っているでしょう。こちらも再演を経て東京バレエ団の新たなジェイムズとなっていって欲しいです。
エフィーの田中さん、踊りもしっかりとしていたけれど、今回は特に演技面が良かったです。彼女はシルヴィアにキャスティングされてぴったりと思えるような、媚びない強さを持っている反面、かわいらしさや女性らしさは前面に出ないところがある。ところがとてもけなげでかわいい、ジェイムズを一途に想うエフィーでした。何より素晴らしかったのがジェイムズと結婚する幸福感の表現。二人で踊るところのジェイムズへのまなざしや、胸が一杯、幸せ一杯といったひとりの平凡な若い娘の歓喜の表情が良く出ていて、だからこそジェイムズがシルフィードに惹かれて行ってしまうことのコントラストがはっきりする。エフィーの存在の重要さがよくわかりました。
田中さんの「オネーギン」タチヤーナへのキャスティングには驚きましたが、案外健闘するのではないかと楽しみになってきました。
後藤さんのマッジは陽性のオーラを放つあやしい老女?杖をついて歩くさまも、娘たちの手相をみるところも、ジェイムズを騙すのも、雰囲気たっぷりでしたが、こんな役でもこの人はどこか明るい。不思議な方です。
第1幕のパ・ド・ドゥは悪くなかったですが、2人とも若干緊張が伝わってくるところがあり、もっと場数を踏めるといいのだろうなと思いました。
シルフィードのソリストではやはり西村さんに目が行きます。吉川さんも渡辺さんも悪くないけれど西村さんが好きなのです。そして群舞にいると目を引く渡辺さんが何故かこの3人だと沈んでしまうのが不思議でした。
第1幕の男性群舞では赤組の高橋竜太さんや小笠原亮さんをいつものようにウォッチ。オガちゃんの踊りがもっと観たい〜、ホワイト・シャドウが楽しみです。
「ラ・シルフィード」の曲はよく覚えているほどではないからあらが探せないのか、それとも演奏がちゃんとしていたのか、音楽もよかったです。
ゲストの入る公演もいいけれど、東バオンリーの公演もいいなあ、もっとあってもいいのではないかしらと思った次第。感想は書かず仕舞いですが、2009年12月の「くるみ割り人形」のマイ・キャストではそう思いませんでした。どうもくるみは好きじゃないし、東バの版もイマイチと感じたからでもありますが、主演2人への満足度がこの「ラ・シルフィード」の方が高かったようです。
公式サイト
久々に映画館で映画を見ました。Bunkamura ル・シネマの映画館としてのハード部分が大嫌いなので、当然シネスイッチ銀座で鑑賞。
細かいあれこれは省略しますが面白かった。ストーリーとしては公式サイトなどで紹介されている内容から推し量れる範囲ですが、ストラヴィンスキーの妻を含めた3人の細かな感情のやりとり、変化が興味深かった。
シャネル役のアナ・ムグラリスがとても魅力的。首が長くほっそりした凹凸の少ない身体にシャネルのスタイルが嵌っています。こういう体型でないと着こなせないのだろうなと納得。当時の他の大多数の女性とはあきらかに違っていて、くっきり浮き上がって見えます。昨年のシャネル映画2作は観ていませんが、イメージはいろいろあるにせよ、とてもしっくりくるシャネルでした。意志強く自立して自由な女性。仕事には厳しく。ストラヴィンスキーに対する恋愛感情の発露は奔放で女だなあと思うけれど、いやらしい感じがなく、頭の良さも感じさせ実にかっこいいのです。
ストラヴィンスキー役のマッツ・ミケルセンもとても良かった。芸術家の繊細さ、神経質なところ、自信家でもある部分、糟糠の妻とシャネルの間で煮えきらない男の身勝手な部分も良く出ていました。案外子どもには優しいところも。でもまず作曲家(芸術家)であり男ですね。こういう男を夫にしたいとは思わないけれどかなり惹かれもします。ぴったり撫で付けた髪型に眼鏡、体型はしっかりなんてかなり現実にはやばいタイプ(ダンサーは何故か別)。がっつり肉食系だなあと思いつつ、では昨今の草食系男子などと呼ばれる、もしくはもうすこし爽やかそうな殿方がいいと思っている女子には受け入れられないのかな、などど余計な想念がよぎり。いや、セクシーでありました。
ストラヴィンスキーの妻カーチャのエレーナ・モロゾヴァも存在感がありました。シャネル所有の郊外の邸宅に家族でやっかいになり、そんな中夫とシャネルは恋に落ちていく、それを見つめているのです。ストラヴィンスキーとは幼なじみで4人の子どもの母であり、楽譜の清書を一手に手がける耐える強い女性。彼女のまなざしには息が詰まる。道ならぬ恋の行方も気がかりなら妻の座をおびやかされる女の哀しさも胸に応えます。嫉妬をあらわにしない、察していながらもすぐには行動に出ない、でも行動に出たときには決然と強い。見事でした。
冒頭がスキャンダルとさえ言われた「春の祭典」の初演のシャンゼリゼ劇場の描写。ニジンスキーの「春の祭典」は復元版をまだ見たことがないので、断片的とはいえ大変興味深かったです。近い内に全編観たいのですがかなうでしょうか。客席は野次とブーイング、ディアギレフがやとったサクラもいたというブラボーも混ざり合いまさに騒然。舞台袖ではニジンスキーがカウントを数え続けています。このシーンが一番興奮しました。
ディアギレフやニジンスキーに既にいろいろイメージを持ってしまっている身にはどちらの俳優もいまひとつしっくり来ませんでしたが。
映像、衣装、装置が大変美しいです。音楽も聴き応えあり。「春の祭典」は映画『ベルリン・フィルと子供たち』サントラ版のサイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のものだそう。とてもコントラストのはっきりした演奏に感じました。他にストラヴィンスキーがピアノで「春の祭典」のあちこちを弾くところが力強く印象に残りました。
久々に映画館で映画を見ました。Bunkamura ル・シネマの映画館としてのハード部分が大嫌いなので、当然シネスイッチ銀座で鑑賞。
細かいあれこれは省略しますが面白かった。ストーリーとしては公式サイトなどで紹介されている内容から推し量れる範囲ですが、ストラヴィンスキーの妻を含めた3人の細かな感情のやりとり、変化が興味深かった。
シャネル役のアナ・ムグラリスがとても魅力的。首が長くほっそりした凹凸の少ない身体にシャネルのスタイルが嵌っています。こういう体型でないと着こなせないのだろうなと納得。当時の他の大多数の女性とはあきらかに違っていて、くっきり浮き上がって見えます。昨年のシャネル映画2作は観ていませんが、イメージはいろいろあるにせよ、とてもしっくりくるシャネルでした。意志強く自立して自由な女性。仕事には厳しく。ストラヴィンスキーに対する恋愛感情の発露は奔放で女だなあと思うけれど、いやらしい感じがなく、頭の良さも感じさせ実にかっこいいのです。
ストラヴィンスキー役のマッツ・ミケルセンもとても良かった。芸術家の繊細さ、神経質なところ、自信家でもある部分、糟糠の妻とシャネルの間で煮えきらない男の身勝手な部分も良く出ていました。案外子どもには優しいところも。でもまず作曲家(芸術家)であり男ですね。こういう男を夫にしたいとは思わないけれどかなり惹かれもします。ぴったり撫で付けた髪型に眼鏡、体型はしっかりなんてかなり現実にはやばいタイプ(ダンサーは何故か別)。がっつり肉食系だなあと思いつつ、では昨今の草食系男子などと呼ばれる、もしくはもうすこし爽やかそうな殿方がいいと思っている女子には受け入れられないのかな、などど余計な想念がよぎり。いや、セクシーでありました。
ストラヴィンスキーの妻カーチャのエレーナ・モロゾヴァも存在感がありました。シャネル所有の郊外の邸宅に家族でやっかいになり、そんな中夫とシャネルは恋に落ちていく、それを見つめているのです。ストラヴィンスキーとは幼なじみで4人の子どもの母であり、楽譜の清書を一手に手がける耐える強い女性。彼女のまなざしには息が詰まる。道ならぬ恋の行方も気がかりなら妻の座をおびやかされる女の哀しさも胸に応えます。嫉妬をあらわにしない、察していながらもすぐには行動に出ない、でも行動に出たときには決然と強い。見事でした。
冒頭がスキャンダルとさえ言われた「春の祭典」の初演のシャンゼリゼ劇場の描写。ニジンスキーの「春の祭典」は復元版をまだ見たことがないので、断片的とはいえ大変興味深かったです。近い内に全編観たいのですがかなうでしょうか。客席は野次とブーイング、ディアギレフがやとったサクラもいたというブラボーも混ざり合いまさに騒然。舞台袖ではニジンスキーがカウントを数え続けています。このシーンが一番興奮しました。
ディアギレフやニジンスキーに既にいろいろイメージを持ってしまっている身にはどちらの俳優もいまひとつしっくり来ませんでしたが。
映像、衣装、装置が大変美しいです。音楽も聴き応えあり。「春の祭典」は映画『ベルリン・フィルと子供たち』サントラ版のサイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のものだそう。とてもコントラストのはっきりした演奏に感じました。他にストラヴィンスキーがピアノで「春の祭典」のあちこちを弾くところが力強く印象に残りました。
