プロフィール

Author:homia
homia(ほみ)
2004年春、山岸涼子の「テレプシコーラ」を読み
同年8月東京バレエ団40周年記念ガラからバレエに通い始める
2006年7月7日ブログ開始

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初海外鑑賞旅行を終えて
何と幸せな旅だったことか。
急なキャスト変更などなく観たい舞台を全て観ることができた。大感動の舞台が1度。大好きなダンサーを2度。観たかった演目をどちらかというと観たかったキャスト(モローのサン・ルー)で1度。
何しろ最初にフェリとボッレの椿姫、それも観客とダンサーの幸福なエネルギーの循環があった素晴らしい舞台を観ることが出来たのだ。これが幸運でなくて何と言うのだろう。
ようやく旅のことを書き終えて、ショパンの呪縛からも解放されて、今頃ではあるが振り返ってみる。

たくさんのひとの善意に支えられてこの旅を終えることが出来た。

旅程を組んで休暇を取るとき
航空券を手配するとき
チケットがなかなか手に入らなかったとき
ホテルに迷っていたとき
荷物はどうしたらいい?旅をする上でのこまごまとしたこと
相談に乗ってくれた人 経験者の残した情報
送り出してくれた家族、職場
たとえそれが仕事であっても気持ちよく接してくれたたくさんの人
現地で助けてくれた 教えてくれた人
励まして、いってらっしゃい、おかえりなさい、よかったねとメッセージをくれたみなさま

舞台をつくる、支える
バレエを愛するひと
私につながるひとたち
心からの感謝をすべてのひとたちに

旅のこと | 【2007-04-30(Mon) 23:10:48】
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パリのこともすこしだけ
パリはどこがどうとはうまく言えないけれど美しい大都会。そう感じた。ミラノが地方都市ぐらいに思える。街を歩くのはパリの方が魅力的かもしれない。

パリで困ったのは食事の量が多いこと。
まず着いた日の昼。ホテルの近所のカフェ。あまり英語が通じない中メニューを見て生ハムとチーズとトマトののったサラダプレートを注文。パンがつく。そのサラダと来たら!!
直径30センチはあろうかという皿に一面レタス、トマトが中1個分ぐらい、生ハム薄切り4箇所ぐらい、チーズがモッツァレラで5ミリほどの薄切りが10切れ近く。
何人前なんだ?
根性で4分の3ほど食しギブアップ、おいしかったけれど。
次の日も昼に大苦戦。
ミーハーにも加納雪乃氏の「パリ オペラ座バレエと街歩き」に出ていたLes Cakes de Bertrand に行ってみた。
塩味でオリーブやナッツが入ったパウンドケーキとサラダのプレート、これがまた前日に近いボリューム。何しろケーキが大きい。厚さは1センチぐらい、12センチ×5センチのものが2切れ。1切れで十分だというのに。サラダはカマンベールチーズの細かくちぎったもの、レーズンなど入っており、ドレッシングも美味。
周りを見て苦戦が予想できたので紅茶はラプサンスーチョンでさっぱりめに。
またしてもキャッシュ不足でカードは使えるかと訊ねるとデザートをつけて23ユーロ以上にしたらOKとのこと。
デ、デザートまで辿り着けない。
後半はおいしいというより難行苦行でどうにか全部食べ、デザートはテイクアウェイにしたいと申し出る。クランブルとか、生クリームとベリーののったタルトとか、大層魅力的だったけれど、持ち歩くし当分食べられそうにないので地味でボリューム控えめの洋梨のタルトに。アルミフォイルでしっかり二重に包み、ナプキンをつけて袋に入れてくれた。それをやっと食べたのはCDGに行った19時過ぎ。タルト部分のバターの香りがフレッシュでとてもおいしかった。
ちなみにこの Les Cakes de Bertrand のドアを開けて中に入るのはとても勇気が要った。一度引き返してしまったぐらい。
小さな店で、ガラス窓ではあるけれど中の様子は伺えない。
入ってみればフランス人ばかり。マダム二人連れが二組、ビジネススーツの男性二人と女性の3人連れ、カップルかどうかわからないが男女二人連れ。
私以外はそんな感じで、ビジネススーツの男性など私が悪戦苦闘する間に同じプレートと生クリームとベリーののったタルト(直径10センチ近く)をぺろりと平らげて後から来たのに先に帰っていった。

ミラノではカトリックの世界に圧倒され、パリでは食欲に圧倒され。
少々短絡的で乱暴かもしれないが、こういう方たちが長い歴史を積み上げてやっている芸術の世界なのだと実感した。

旅のこと | 【2007-04-30(Mon) 22:34:38】
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ミラノ滞在記Last 雨のミラノから晴れ渡るパリへ
最終的にはマッシモの舞台にも納得して、頭の中は残像とショパンで一杯。
朝が早いので劇場から帰って荷作り。その間もMDプレイヤーを身体にぶら下げてショパンを聴いている始末。
幸福な記憶とおもいが行ったり来たり。

翌朝もミラノは雨。7時半頃にタクシーを呼んでもらい、朝食は取らずにリナーテ空港へ。
車中ではずっとどんよりとした空の下のくすんだ街並みを眺めていた。
今度来る時も夏ではないから、こんな感じなのだろうか。
チェックインを済ませパニーニとカプチーノで朝食。時間はたっぷりあるのでお店をぶらぶら見て歩く。
といってもリナーテはあまり充実しているとは言えないよう。お土産に手頃なお菓子をみつけてレジまで持っていったがカードが使えない。CDGでTCを換金するつもりだったのでユーロのキャッシュがあまりない。キャッシュが足りないと言うと問題ない、と言って品物を引きとって解放してくれた。
空港の売店でカードが使えないとは。もうひとつの新しいマルペンサではそんなことないのかもしれないが。

多少雑誌や書籍なども見たが空港あたりでダンス関連のものなどある訳はなく。ミラノ市内で書店に行かなかったのが悔やまれる。
買い物の道も閉ざされてさっさと出国することにする。月曜の朝、ヨーロッパ内を仕事で移動する人が多いのか、けっこうな人の列。出発が迫っている便の人は列を追い越していく。
あとは出発までゲート前の椅子で音楽を聴きながら待っていた。すこしショパンからも離れてみる。
飛行機が飛び立つ場所、列車が出る場所でそれを待つというのはいろいろとセンチメンタルな気分を呼び起こすもので、まあそれに身を任せていた。
ミラノにはスカラ座があり、マッシモがいるから私にとっては特別な場所になる。ミラノという街そのものを愛している訳ではまだないけれど。
また来るのだから今度はもっと街とも仲良くなろうと思い、冷たくはなかった、概ね優しかったことに思いをはせ。
離陸した瞬間には心の中で感謝と再会をひっそりと告げる。

曇天のイタリア上空、雪で真っ白な山並み。けれどパリは晴天。明るく輝く空に春を感じる。
晴れている、お日さまの光とはこんなにも人の気持ちを明るくするものなのか。
今度は無事出てきた荷物を受け取り、換金をしてタクシー乗り場へと向かった。

旅のこと | 【2007-04-29(Sun) 18:29:55】
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ミラノ滞在記6 TEATRO ALLA SCALA という場所3
ミラノ滞在3日目は朝から雨。
ぼちぼち旅の疲れが出てくる。街の真ん中に泊まっているのをいいことに早足大股で歩き回ったため足が筋肉痛。前夜マッシモの舞台の興奮と微妙な複雑気分とで眠りにつくのが遅くなり、この日は寝坊。おまけにこの夜の間にヨーロッパは時計の針を一時間進めて夏時間になっている。
月末の日曜にあるという青空骨董市に行くのは諦めてブレラ美術館で宗教画に包まれる。
遅い昼食の後ホテルの部屋にこもってすこし書きもの。
ベッドに枕を二つ積んでその上に足を投げ出し、ヘッドボードに寄りかかって持参した台紙のしっかりしたレポート用紙に向かう。いくつもある枕はこうした時に役に立つ。

雨は夜になってもやまない。傘をさしてスカラ座へ。
この日は平土間の席。
座席番号は合理的。列は前方からアルファベット順。右と左のブロックに分けられ、センターと反対端から席番が始まる。席番が小さいほど端。ただし列によって席の数は違うから、真ん中から番号を始めた方がより合理的な気もする。
真ん中よりは後ろ、右ブロックのセンターから数席め。傾斜は極めて緩いので、前に体格のいい人が座ったらアウト。前にはカップルの男性が座った。その男性の前の女性が体格、姿勢の良い方らしく、男性もときどき身体をずらす。上演中に隣の妻になにやら話しかけることもしばしば。そんな状況だったが、視界はまあまあ良好でそれほどストレスは感じないで済んだ。
驚いたのが椅子。大変座り心地が良い。ぴたっと吸い付くようで疲れない。2004年12月に終わったという改修の効果なのだろうか。


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旅のこと | 【2007-04-28(Sat) 23:55:15】
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ミラノ滞在記5 TEATRO ALLA SCALA という場所2
昼間の明るいうちにスカラ座まで出向き、大きな本日のキャスト表を見て今宵の椿姫にマッシモが出ることを確認。
公演前の今日の食事は買ってきて部屋で済ませる。
すこし時間がなかったので、ああ着替えもしなければならないし、と落ち着かない。いよいよマッシモの舞台が観られるので既に舞い上がっている。
パンプスを履いたので、ウォーキングシューズでがしがし大股で歩いていたようにはいかず、歩調を緩めて石畳の上を歩く。
どきどきが治まらない。昨日と同じスカラ座前の人混み。
チケットをもぎってもらってキャスト表をもらいに行く。
このあたりで舞い上がり状態が頂点に達していたのか、ふらーっと心ここにあらずの態でテーブルに近づいたら劇場職員の若いお兄ちゃんに
「GENKI?」
と言われてしまった。
“元気?”日本語!ハッと我に返り反射的ににっこり微笑む。
「元気。大丈夫」と日本語で応えているし。

この日の桟敷は真ん中よりすこし下手寄り。前日よりは舞台を正面から見られる。ただし席は4番で2列目下手寄り。
桟敷に入っていくと1列目には母と娘が既に椅子の向きを変えてしっかり陣取っている。3番は白髪の美しいスリムな老婦人。彼女にチケットを見せて確認してもらい座る。
後から5番6番のカップルがやって来る。女性の方は臨月かしらというぐらいお腹が大きい。そのカップルと老婦人が会話している。おそらく「まあ、いつ生まれるの?」みたいな感じ。
前日他の桟敷を観察したところ、2列目から後ろは立って見ている人がかなり見受けられた。5番6番の二人は私と反対側の長いすに座るようなので多分立っても邪魔にはならない。
最初は座っていたが、マッシモが出てきたあたりから立ち上がり(つまり始まってすぐ)、オペラグラスを覗きっぱなし。
休憩の時にカップルの彼に英語とジェスチャーで邪魔になっていないか訊いたら、ノープロブレムと言ってくれたので安心する。
1列目の母と娘はコミュニケーションの輪に入らず、トイレにも行かず座りっぱなし。
メンバーによって雰囲気は変わるものだ。
上品な老婦人は舞台が始まるとぼそぼそ何かつぶやいている時もあり。あまり気にならなかったけれど。
その中に立ちっぱなし、オペラグラス覗きっぱなしの日本人。最も必死の形相で鑑賞してた訳で浮いていたかもしれない。

二日目なのですこし場に慣れて、休憩時に劇場内をうろうろする。上の方までは上がらなかったが、ブックストアに行ってみた。
いちばんに目に飛び込んできたのはPOBのLe ParcのDVD。10月にスカラ座初演だからプッシュしているのだろうか。
カルラ・フラッチのことを書いた写真も多そうな本。しかしイタリア語。
CDの棚にはオペラがずらり。その棚のところどころに夏のダンスフェスティバルの折チラシなども置いてある。
手にとって見たけれど、知らないダンサーばかり。
クリアファイルに入った写真見本。指揮者やダンサーや歌手の舞台姿。ロベルトのものは売り切れが多い。
マッシモも一枚あった。スカラ座オンラインでも売っている、'96/97シーズンのジークフリート。髪が短く若い。売り切れてはいない。なんだか恥ずかしいしあまり魅力的と思えない写真なので購入せず。
デ・グリューやアルブレヒトがあったら買うのに。シェリとか。
ブックストアをさらに下へ降りていくとTEATRO ALLA SCALA のロゴが入ったグッズなどもあったが、あまり魅力的なものもなく、がらんとしてスペースを生かしていない印象。

やっとマッシモの舞台を観られた喜び。
けれど前日のあまりにも素晴らしかったフェリとボッレの舞台と、この日が初日で固さの残るマッシモとの違いに複雑な思いを抱きつつ劇場を後にする。
改まった服装はすこし薄着なので冷える。まだかなり寒いミラノの夜。


旅のこと | 【2007-04-25(Wed) 22:42:45】
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ミラノ滞在記4 Duomo
二日目の朝、スーツケースは無事私の手元に来た。たった一日のお別れですんだのはラッキー、本当に良かった。
朝食をとるため降りていくと、昨日部屋まで案内してくれたベルマンのおじさんがニコニコ顔でスーツケースが届いてるよと声をかけてきてくれた。顔を覚えられているらしい。前の晩スカラ座から帰るとコンシェルジュにつかまり、夜遅く届くと連絡があったとは言われていたのだ。
朝食後スーツケースの中身を出して収めるところに収め、一昨日から着たきりの服もやっと着替えていざDuomoへ。

昨日散々その周りをうろうろしたDuomoにやっと入る。ガイドブックはさーっと読んであったが、これがあの有名な○○、みたいなことは考えずただその場の空気を感じつつゆっくり歩く。
とても大きい。天井が高い、なんて生易しい高さではなく。太い柱。あざやかな床のモザイク。すべて石、石、大理石。
たくさんの観光客が行き来する。うるさいというほどではないが静かではない。ざわざわした雰囲気。
その中にちらほらと観光目的で来たのではない人がいる。信者の座る席にひっそりといる人。
ろうそくを献じて祈る人。
告解もしくは信仰上の相談のため、順番を待つ人。
告解用のボックスは両側にいくつも並んでいて、私が行ったときに神父がいたのは3つぐらい。その中のひとつがとても人気のある、信望を集めている神父であるらしく、十数人もの人が待っていた。待つスペースには椅子がある。老若男女、人種もとりまぜての十数人。ここはカトリックの国なのだと改めて思い知らされる。
その一方で土曜日だったためかイタリア各地、ヨーロッパ各地からの観光客も多く、内陣の近くを横切るのも団体でざわざわと行く人たちがおり。
昔少々受けた教育のためこうした祈りの場ではつい静かに慎み深い態度になってしまう。
信仰を持っているわけではないのに、聖人の像などを跪いて見上げたい衝動に駆られる。実際身体を低くした方が仰ぎ見ることはしやすい。
祈りの場の空気に感染して、わずかばかりの献金とろうそく1本を献じ。手前勝手に少々感謝と祈り。

上天気の外へ出て今度は屋根に上る。もちろんリフトを使う方で。
しばらく並んで待ち、小さいリフトに十数人ぐらいだったかで押し込められて昇る。リフトを降りたその後も細く狭い通路や階段を戻ってくる人に譲ったり、譲られたりしながらゆっくり広い屋上部分へと進む。
確かに見晴らしは良い。天気が良かったのが何より。どこの方角の何を見ているかもわかっていないけれど気持ちは良かった。
たくさんの人が歩いてすり減っている大理石。よりかかれるところをみつけてしばし座り込む。まわりのひとを眺める。若いカップル、年老いた夫婦、子供を連れた若い母親、ティーンエイジャーの集団。もちろん日本人のカップル、親子連れも。

信者にとっては祈りの場、けれど世界各地から観光でやってくる者たちをも受け入れている、いろいろな顔をもつ懐の広い場所、そんな感想を胸にDuomoを後にした。

旅のこと | 【2007-04-22(Sun) 22:37:02】
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ミラノ滞在記3 TEATRO ALLA SCALA という場所1
スーツケースは相変わらず届かない。
電話で問い合わせると21時以降にもう一度かけるよう言われ。
これはいよいよすぐには荷物が来ない、最悪道中ずっと来ないのもありかとホテルのコンシェルジュに教えてもらって小さいスーパーに洗剤を買いに行く。
成田で時間がありシャワーを浴びたりしていたので化粧道具と下着の替えはある。
ただし前日から着たきりの普通の服が・・・せっかくスカラ座用におニューのちょっと改まった服を買ったのに(当然今後はどこの劇場に行ってもこれで押し通すつもりで散財。ただしたまーにオーチャードホールあたりにいるタキシードの連れのレディみたいなかっこじゃありませんから)。
靴もバッグもあーあ。

それでもバッグの中身をぐっと減らしてたすきがけなどせず、スカラ座へ。
平らな場所にすくっと建物があって、道路から入り口の間の回廊部分がせまいからそこに人がひしめいている。人の波について入り口を入る。すぐにチケットもぎりがいてその先はホワイエ。右手の方にテーブルがあり、パンフレットを売っている。テーブルの上にはどびらーっとキャスト表が広げてあり自由にもらえる。
スカラ座の劇場内職員はそろいのお仕着せを着ていて、メダルみたいなものを下げている。これが何を意味するのかいまだ不勉強にして知らず。かなりの数いる。
初日は上手の桟敷2階、2番席。たくさんうろうろしている案内係に教えてもらい、クロークにコートも預けて席へ。クロークも桟敷番号ごとに決まっている。ひとつのクロークに桟敷二つ分らしい。

同じ桟敷の方々は1番がカップルのレディ、3番、4番は年配の品がいいイタリア女性、5番がカップルの男性という構成。私が入った時は3,4番の女性たちだけがいた。チケットを見せるとあなたはそこよ、と手すりに面した1列目、舞台よりの方を教えてくれる。開演も近くなってカップルが慌てた様子でやってくる。この桟敷という狭い空間にいっしょになったらコトバを交わすのが自然。年配の女性たちがおだやかないい方たちで、若いカップルに何かアドバイスしたり、イタリア語の会話にはついていけない私も疎外感を覚えることはなかった。
幕間に泣きはらした顔が照れくさいので、胸にせまる、たくさん泣いてしまったとゼスチャーしたら、そうよねと同じくゼスチャーで返してくれた。優しいおばさま。

この日の桟敷では1列目の椅子の向きを直さないで見ていたので姿勢がとても辛かった。最初はなんと、手すりに平行になる形、つまり背もたれが手すりと直角に、1番と2番は向き合う形で並べられているのである。私は2番だから舞台に背中を向けて座ってえいやっ、ぐいっと上体をひねって見ることになる。辛い。2幕目からは手すりに背を向けて座り上体をひねる角度を半分にして見ていた。でもこの椅子の向き、直していいらしい。椅子の向きは直さないの?みたいな会話をおばさまたちしていたと思うけれど。ううーん。
カップルの方は2幕目から1番席に彼が座って彼女をだっこして見てました。いいな。かわいい。まあそんなに楽ではないだろうけど。

お隣のひとつ舞台よりの桟敷1番におじさんがすわっていました。つまり私のすぐ前。この方がかなり肘を突き出すように手すりについて身を乗り出してくる。オペラグラスを見るときも持ち上がる肘が私の視界をさえぎる。日本だったら何か言うけど、ココではどうしようもない。あまりに目に余るので手をそーっと延ばしておじさんの肘辺りにタッチしてみた。おじさん邪魔なのよー、もう少し控えてよっ。
それでもまったく変わらず困っていたら、彼のせいで見えなくなるのは1番のレディも同じだったらしく幕間におばさまたちとその件で会話している。そうしたら2幕目の途中でまたおじさんの乗り出しがひどくなったとき、3番のおばさまが私の後ろから手を伸ばして振り返らせ注意してくれた。
それからは私が泣きながら鼻をすする音を立てただけでびくっと気にしてくれるようにはなったので、ときどき泣いていなくても鼻をすすって「ひっこめー」とやっていました。

驚いたことに桟敷のドアは閉めてしまうと鍵なしでは内側からしか開けられません。休憩時間に外に出ても、誰かが先に入ってドアを閉めてしまったら案内係に鍵で開けてもらわないと入れない。
この桟敷の密室性は昔の観劇、桟敷を借り切ったり、というあたりを連想させる。マルグリットの桟敷観劇にはお金がかかっていた訳で。桟敷を借り切れる財力がある男とそうでない男・・・

桟敷のお仲間とはいい雰囲気で過ごせたが、この日はまだ私がスカラ座に人見知りしていて場所を楽しむというより必要なところだけ足を踏み入れてそそくさと帰る、という感じでした。


旅のこと | 【2007-04-07(Sat) 23:38:36】
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